赤米物語 


□ 赤米のことについて調べようと思った理由
   2年前に,赤米の田植えと稲刈りをさせてもらったとき, 赤米のことなんかぜんぜん知らなかった。
赤米が,今では全国で4ヵ所でしか栽培されていない貴重なものだと知って, もっと赤米のことが知りたくなったから。

□ 赤米とは
 赤米というのは,玄米の種皮の部分に赤色の色素を含んだ米。 米が大陸から伝わってきたのは縄文時代の終わりごろで,当時は赤米が多かったそうだ。
 その当時の人々は,現代のようにいつも米を食べていたのではなく,普段は粗末なものを食べ, 何かおめでたいときにだけ米を食べていたようだ。その米が赤かったので, 後に白米の時代になってもおめでたいときには必ず赤いご飯を食べる風習が残り, あずきで赤飯を炊くようになったといわれている。

□ 赤米が植えられている四ヵ所
 ○鹿児島県種子島
 ○長崎県対島
 ○島根県隠岐
 ○岡山県総社市新本


□ 赤米ができるまで
赤米は,本庄と新庄の国司神社で作られている。
 5月に田植えをし,神田の黄作の肥料としては草を使うだけでたの肥料は使わない。 また,牛も田には入れないし,以前は女性も入れなかった。
 茎はふつうの稲よりも長く,やわらかく弱いので,しばしば倒れてしまう。
今では,めずらしくなった脱穀機・唐うす・唐み・万石などを使い,米をより分ける。

□ 霜月まつり
 新本本庄の国司神社では,毎年,霜月祭りと春祭りが行われている。
春祭りは,甘酒祭りとも言われ,赤米で作った甘酒をお参りした人にふるまう。
新庄では春祭りは行われないということだ。
 お祭りは,両神社とも旧暦の11月15日に行われる。お祭りの日は,朝から当番地区の人が集まり, 宮司と共に神饌(しんせん)の準備をする。本殿への神饌は,白米・神酒・昆布・寒天・椎茸・大根・にんじん・白菜・果物・菓子・鯛・塩水・ぞうり餅12枚・中の鏡餅3重ねと小の鏡餅6個, それに赤米のご飯などだ。
 神事は午後1時から始まり,献饌・祝詞などの式典が続く。
次に,以前はフクラシの木にくくりつけた紅白のかがみもちを一人ずつかついで国司神社の急な階段をかけおり, 約100メートルあまり北の姥御前に御供えしたあと,木からはずした鏡餅だけをもって,速く神社へ帰る競争をしていた。
今では,この競争行事は危険を伴うので中止になったということだ。
 その後も神事は続いて,撤饌・神事での直会(なおらい)となる。お参りの人にもごちそうされる。


  
毎年霜月祭りが行われている国司神社(本庄)

  
国司神社(本庄)の赤米の神田



赤米と白米【この状態では赤米と白米の違いが分かるが,苗や稲のときにはわからない。】


 赤米が島以外で作られているのは,全国でも新本だけだ。このことから考えても。新本地区の人々がいかに伝統ある行事を大切にし, 厚い信仰心を持っていたかがうえがえる。こうした意味もふくめて,赤米の神饌が県の無形文化財となっている。


 このレポートを書いて,赤米のことがよくわかった。前に田植えや稲刈りをさせてもらったときは何も知らなかったけれど, 今思えば,神田に入るだけでもすごいんだと思った。
 これからもこの赤米の伝統がずっと守られていればいいのになと思った。


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